前宮城教育大学教授
元工業技術院計量研究所力学部長
矢野 宏
計量研究所の在職中の前半は、ロックウェル硬さ標準の設定という仕事をしました。計量研究所の所長から明治大学の教授へと転職された山本健太郎先生が当時の責任者でした。長さ、温度、時間などという標準は、それぞれ物理的意味を持たせており、所の本務として、本格的に研究していましたが、硬さのように工業的な約束によって成立する標準についての実績は乏しかったのです。
将来にわたって変化しない硬さ標準の値を作ることができるものか、仮に、設備を更新しても同じような値が再現するものか、ということが、当時、一番心配したことです。
1960年に、当時の国鉄が新幹線のベアリングの硬さに、計量研究所で設定されたロックウェルCスケールの硬さ標準を採用することが決まり、標準の普及が始まりました。
さらに研究の結果、ロックウェル硬さ試験機の誤差を極力小さくして作れば、正しい硬さの値が設定されることも分かり、おそらく、現在でも、標準の値は変化していないと思います。
ところで、標準の値は標準値の付けられた試料を通して、実際に使われる試験機の校正に使われることになります。
このような作業を標準のトランスファーと呼んでいますが、計量研究所の値のついた試料を標準片と呼ぶことにしました。
当時は計量研究所で標準片を作って、値付けまでもしないのかといわれましたが、そうしたゆとりはありませんでした。
そこで信頼のおける試料に標準値を付ける仕事を、(財)日本軸受検査協会にお願いすることにしたのです。
このような2次の標準機関にお願いする場合、そこの技術力がものをいいますが、幸いなことに硬さ標準についてのかなりつっこんだ勉強をして、設備も強化してくれました。
この標準片を自力で作ることができないかと、永い間考えていたのですが、幸いなことに、(株)旭工業所がこの仕事に協力してくれました。
現在私は、よい製品を効率よく作るということで、品質工学という方法を勉強しているのですが、(株)旭工業所もこれを勉強してくれて、すでに前回のニュースに出ているように、大成功を収めたのです。
標準値は正しく、しかも標準片も信頼おけるものが作れるようになったのですが、問題は標準の誤差です。
標準値は正しいといっても、これを永い間、維持するとなると、避けられない誤差があるわけです。
今の品質工学の言葉を使えば、硬さ標準の誤差は、許容差設計という方法で求められています。
つまり、標準を構成しているさまざまな要素の誤差を分解して、それがどのていど標準値に影響しているかを判断しているのです。
おそらく、標準の値の誤差は、標準偏値で表わせば、0.1HRC以下でしょう。
ところが、実際の硬さ試験機で硬さを測るとなると、話は、これで終わらないのです。
現在、JISZ9090「測定−校正方式通則」(1991)というのがありますが、これを勉強すると分かるのですが、そこには標準の誤差の求め方が示されています。
このような方法を経て、実際の測定値の誤差には、
標準の誤差
標準で計測器を校正した時の誤差
実際の測定の誤差
が構成されています。
これを全部まとめると実際の硬さ測定の誤差はかなり大きいことが分かります。
測定の信頼性を表わすのが、誤差の表示だと思いますが、表示された誤差自体にも誤差があり、まず私はこれを「誤差の誤差」と呼ぶことにしています。
誤差の求め方が悪ければ、誤差の誤差も大きくなります。
そのような観点でいえば、通常、誤差として表示されているものは、怪しいものが多いと思った方がよいと思います。
特に、繰返し測定をして、最大値と最小値の差を求めるようなものは、誤差のほんの一部分にすぎません。
硬さ試験ではこうした誤差が幅をきかせているのは困ったものです。
硬さ標準の場合は、こうした誤差をできるだけ合理的に求めるようにしました。
ただし、これを信頼率95%などといって表示するのは全くの目安にすぎません。
かつてはそのような統計的な表示にこだわったこともありますが、今はあまり問題にしていません。
大切なことは、誤差の誤差を小さくすることです。誤差については、今までの考え方を180°変えるくらいのつもりが必要です。
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